Replica'


 何が間違いで、何が正解だなんて、そんなの、誰が決めたんだ。



act.A7-3 出来損ない(ひとりめ)




 何から聞いたら良いのかが分からなくて、ユダは黙ったままだった。聞きたいこと、聞かなければいけないけと、聞いてはいけないこと。自分の思い違いではないなら――何故?

「ユダは……」
「うん」

 先に口を開いたのはリヴの方だった。きっと彼は、この難しい事実を如何に打ち明けるべきかを今日一日考えていたに違いない。

「卒業したら、マティストとして『マザー』に行くんだろ?」

 ――マザー。この世界(レプリカ)を造り、管理する人間の星。絶対的な神様とも言えるだろう。レプリカは、マザーのおもちゃ。
 「行くかどうかはユダが決めたら良いと思うけど、」リヴは言って、苦笑い。

「俺はさ、レプリカと兄弟みたいなものなんだ」

 彼は、例えば愛しい兄弟を呼ぶような声で、この星の名前を口にした。大切で、友達よりも己に近く、遠く、憎らしくさえあると。

「マザーに造られた。ただ、失敗作だったから捨てられた」

 言葉の意味を理解するのに、一瞬の間を要した。造られた。ツクラレタ?

「……マザーで、生まれたってこと…?それからレプリカに移住した?」
「そういう風にも、言えるかも」

 悲しそうな笑顔、『軽蔑』という言葉の意味、家族のいないアパート。沢山の、見ないことにしてきた事実が脳裏を過ぎった。ああ、どうして……。

「昨日部屋にいた犬は俺だよ。ユダの言ったこと全部、理解してるし覚えてる」

 俺はまっすぐに彼のことを見ていなかったのだろう。





「……地球の神話で、出てくるだろ狼人間。俺はあれの失敗作。
 マザーは地球文化を再現しようとしてたから、当然『狼人間』もできると思ってた。そのときはまだ、狼人間が作り話だって解っていなかったから。
 地球から採取してきた遺伝子の中で、解明されてる二つの遺伝子を組み合わせた」

 リヴは淡々と話した。例えば歴史の勉強でもユダに教えるみたいに。それが誰か他人の人生であるように。

「何体か、出来たんじゃないかな、生き物が。すぐに死んだのもいれば生きてたのもいた。俺は人間の形をしてたから、まだ優遇されてる方だったよ。
 でも、狼人間からは程遠い失敗作」

 どうして彼は笑うのだろう。面白い話をしている訳でもないし、まして幸せなバカ話でもないのに。
 そうすることでユダが安心するのだと、信じているんじゃないだろうか。

「……人間じゃないし、化物にもなれなかった。
 ただの……出来損ない」

 一拍の間を置いて、リヴは少しだけ居住いを正す。ゆっくり息をはいて。

「こんな話、信じられないよな。忘れてくれて良い」
「……忘れ……らんねぇ」

 苦しいおとぎ話でも聞いたような気分だった。バッドエンド。誰も幸せにならないし、何の教訓もない童話。

「……実感は、沸かないけど。信じる」

 頼りない声で言うユダに、リヴは解らない顔をする。

「気持ち悪くねぇの……?」

 思わず漏れた言葉だと思う。でもそれは彼やユダのことを傷付ける言葉であるのだと、気付くべきだ。

 他人と違うことが間違いで、
 他人と違うことが悪で、

 他人と違う自分が、嫌いだ。

 初めてまともに喋ったとき、彼が何気なしに言った言葉。ユダ気持ちが、少しなら解るって。

「リヴは俺がマティストでも、気持ち悪くないだろ?」

 解るどころか、彼の方がずっと多くを背負っていたのに。

「俺もリヴが犬人間でも気持ち悪くない」

 ユダの言葉にリヴは顔をくしゃくしゃにして、泣くのかと思ったけど泣かなくて。くしゃくしゃの顔のままで大きく息を吐いて、膝に顔を埋めた。

「ユダ……」



「ありがとう」


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