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 近づけば君を失う気がして
 知っているのに気付かないフリをして

星屑の詩



 44-天文学・宇宙科学

 図書室の、人通りの少ない隅の方。星の本が詰った棚。その傍らに置かれた椅子に、いつもと同じ人が座っている。
 2年1組萩本成二。常にヘッドフォンをしていて、指定席に体育座りで推理小説に没頭する。教室でも物静かだし、放課後に至っては図書室でいつもこの様。
 隣のクラスの図書委員。名前を知ったのさえ、ごく最近のことだけれど。

「萩……本君……?」

 相澤春菜が控え目に覗き込んで名を呼ぶと、彼はふっと視線を単行本から声の方に移した。ゆっくりとヘッドフォンを下ろして本に枝折りを挟む。

「何?」
「えっと……菅野先生が、職員室に来てって」

 成二は思考を巡らすようにふっと眉間にしわを寄せた。「解った」となんの愛想も見せずに席を立つ。
 届かない。私の腕は短くて、到底貴方には届きそうにない。貴方は「春菜」なんて名前、知らないでしょう?

 閉じられた本の背にふっと視線が行った。宮澤賢治だ。

「……今日は、推理小説じゃないんだ」

 不意に呟いた春菜の言葉に、成二が目を丸める。
 はっとした。彼が驚くのも無理ないのだ。ほとんど関わり合いのない隣クラスの女子生徒が、なんでそんな事を知っているのか。春菜の顔が不本意に赤くなる。止められない。

「……えっと……」
「『銀河鉄道の夜』、好きなの?」

 帰って来た答えがあまりに的外れで、春菜は思わず思い切り首を横に振った。別に嫌いな訳ではない……のに。

「そっか。てっきり天文関係とか好きなんだと思ってた」
「星、とかは……好きだよ」

 貴方の横顔が見たくて、通い詰めた星の本棚。試しに手の平にのせたその本は不思議なくらい魅力的で、引力に似たものを持っていて。
 成二は「やっぱり?」と嬉しそうに笑った。

「相澤さん、たまに天文ガイドとか見に来てるでしょ?」

 そうゆう云い方はずるい。気に留めて貰えてるって、勘違いしてしまう。本当は「たまに」じゃなくてほとんど毎日だし、見に来ているのは貴方の横顔。
 普通なら気付かない筈がないのに、成二はさっぱり気付いていない。彼の耳を覆うヘッドフォンが意地悪に立ち塞がる。ヘッドフォンに、春菜の気配は削がれていた。

「荻本くんも……いつもヘッドフォンして、そこに座ってるよね」
「あー、コレねぇ」

 成二は何か思い付いたようにニッコリと笑って、首に掛けていたヘッドフォンを外す。

「!」

 急に自分の耳元に押し当てられた物に、春菜はびくりと身体を震わせた。体温を残すヘッドフォン、触れない距離で止まる彼の手の平。

「な……に……?」
「何にも流れてないんだ、いつも」

 そしてまた離れていく。
 流れていないと云った。彼の耳を塞ぐ忌々しい耳栓からは、何の音もしないと。

「え……如何して?だって荻本くん……いつも付けてる……」
「うん、いつも付けてる。でもいつも何も聴いてない」

 春菜が困惑した表情で見つめ返すと、成二は目を伏せながらヘッドフォンをした。

 まるで謎ナゾみたいな事実だけを残して、成二はふらりと貸出カウンターに行ってしまった。
 外の音が聞こえていないフリをして。自分に都合の良いことだけを聞いて、そうじゃない処は聞こえない事にして。
 最低だ。まるで私みたい。

 春菜がはっとして後を追い掛けると、やはり唐突に成二が振り返った。哀しい顔。
 知っていた筈なのに、彼がいつもどんな顔をしていたか。無表情が多かったし、たまに笑ったりもした。それでもいつも、哀しい顔。今更気が付いた。

「それじゃあ……荻……本くんは……私のこと、気付いてたの?……でも気付かないフリ、してたの……?……気付きたく、なかったの?」

 如何していつも上手く言葉が紡げないのだろう。
 全て吐き出してしまうのが怖くて、すっかり塞き止める癖が付いてしまった。イライラする。

「春菜だって気付かないフリしてた癖に」

 知っていた筈。哀しい顔も、鳴らないヘッドフォンも、進まない本のページも。自己紹介もしてないのに、彼の口が紡いたファーストネーム。

「何で毎日俺があそこに居るのかとか考えないの?」

 如何して気付かないフリなんかしてたんだろう。自惚れるのが怖くて、間違っていた時が恐ろしくて。動かなければ、何も変わらない。

「……職員室」
「え……?」
「職員室行くの、付き合ってよ。俺あそこ嫌いなんだ。
 何も喋んなくて良いから、もう少しだけ近くにいて……?」

 星は互いに引合いながら円を描き、はぐれぬ様にといつも必死で。それでも確かに動き、時を重ね、季節を移ろわせる。

「……うん」

 私は、止まってばかり。若しも動けたのなら、明日何かが変わるだろうか。

 ねぇ、離れて行かないで。



制作:06.07.13
UP:06.07.14