―― 世界は有限で、しかもその期限は驚くほどに短くて。
 ―― 短くて愛着も湧かず、悲しみも生まれず。

夢棲横町:Prologue



 見渡す限りの浅い海には幾本もの電柱が突き刺さっていて、その間を縫うみたい一本の線路が伸びる。どんな人が眠りについたら、こんな{夢}を造り得るのか。{世界}に広がるのは青い空と青い海、電柱と線路。それから三つの影。

「あ、氷魚(ひお)これ{夢}だよね」

 パーカを着た子供が、足下の水をざぶざぶ云わせながら口を開いた。半歩前をゆく少年が、少し悲しそうな顔でほほえむ。

「そっか……。今日は気付くのがやけに早いんだね?」

 パーカの子の頭にぽんと手を置いて、氷魚と呼ばれた少年は遠くにいる残り一つの影を見やった。

「じゃあ吟(ぎん)、早く行こう?」

 吟は太陽みたく笑う。手にしたスニーカーを振り回しながら、やっぱりざぶざぶ云わせて今度は氷魚の三歩前をゆく。

***

「駅員さん?」

 海の中線路のわきに一人突っ立っていた影は、そう呼ばれて少しだけ背筋を伸した。水色のシャツを来て、帽子を被ったお決まりの駅員さんスタイル。身体は人の大人と変りないのに、振り向いたその顔はカラスだった。黒く艶めく羽毛と大きなくちばしを備えた首が「くきり」と傾く。

「はて、ご用かな?」

 吟は氷魚の袖を掴んで、つっとその陰に身を隠している。

「隣りの{夢}までの切符、頂けますか?」

 黒い顔の駅員さんは、傾けた顔を更に「くきり」と寝かせた。大きな瞳がきょろりと動く。

「はて、この{夢}は出来たばかりだけれど。よっぽどお気に召さなかったご様子だ」
「そんなことは在りませんよ?素敵な{夢}です。でも、もう消えてしまうでしょう?」

 駅員さんの首は少しだけ元に戻った。まだ傾いたままではあるのだけれど。

「はて、消えるのですか」
「{夢}の中の人間がこれが{夢}だと、気付いてしまったでしょう?」

「はて、しかし消えるとして何か問題が」

 駅員さんの首はやっと垂直に戻っていた。まだ瞳だけはきょろりきょろりと。

「一緒に僕らも消えてしまいます」
「はて、一緒に消えるのは当り前でしょう。アナタ方もワタクシも{夢}ですから」


「はて、何か消えてしまっては困る理由をお持ちで?」


 遠くで、カタンコトンと電車の音がしている。駅員さんが氷魚の答えを待たずに帽子の中からチケットを取り出した。淡いさくら色をした、三センチ余りの小さな短冊が二枚。

「はて、もう電車がくるようです」

「ええ…駅員さんとはここでお別れですね?」

 水平線の向こうから、一両だけの車体がひょっこりと顔を出した。赤い色。

「いつかまた会えますように」
「会えなくてもどうか泣かないで」

 いつからか決まった{夢}の挨拶を交して、影はまた二つと一つになって離れていった。