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 {世界}はいずれ消えゆく。{夢}が覚めるのと同じに、理不尽な世界は生死を繰り返す。
 花のように美しく、カゲロウのように弱々しく。その事実が変わらない限り、私たちは立ち止まってはいけない。次の{夢}へ、歩みを進めなければいけない。

 花のように散らぬように、カゲロウのように絶えぬ為に。

 悲しいことなんて何もないの。泣く必要がないのだから、迷わずにただ前へ、前へ。


夢棲横町:図書監獄



 遥か上空にぽっかりと開いた丸い天窓。差し込む光は螺旋階段の中心を通って、スポットライトみたいに大理石を照らす。大理石の中ではアンモナイトが、無数の「足」を遊ばせながら優雅に泳いでいた。
 螺旋階段の外側、円筒状の部屋の側面は窓もなく、ただひたすらの本棚と其の中の本とで埋め尽くされている。並んだ本の背は大小様々で、綴られた言語さえ一切の統一がない。ただどの本も、一様にくたびれ。

「貴女はずっと此処にいるのですか?」
「此処が私にとっての世界の『限り』だから」

 少年が聞いて、彼女が答えた。
 二人は螺旋階段の途中にいて、ゆっくりゆっくり段差を跨ぎ、下りてゆく。少年の方はこの空間に不釣り合いな繋ぎ姿、女の人は白のワンピースを着ている。彼女のミルクティー色の髪に、覆い被さる様に草食獣の頭蓋骨。その下から時折覗く肌は、ワンピースのように白く、光のように濁っている。

「此処の本達が外界へ逃げ出さないように見張り続けるのが、私の『生』です」
「では貴女の『死』は?」

 彼女は螺旋の中心に視線を送り、部屋の真ん中に座り込む二つの影を見やった。二つの影は二人の子供で、光のサークルの中で一つの本を見ている。一人の子供はミルクティー色の髪に草食獣の頭蓋骨をのせ、一人の子供は真っ白なシャツにネクタイを締めていた。
 二人の子供は1ミリも動かず、1滴の空気も吸わず、1度の瞬きもしない。ただそこで本を見つめ、光を受け、遮り、私たちの視界に侵入する。

「ねぇ氷魚(ひお)、貴方の『死』は?」

 『氷魚』はうっすらと笑って、一番近くに在った本を棚から引き抜いた。知らない言葉と不愉快な挿絵ばかりが溢れている。

「僕の『死』は次の{夢}に行く前に{世界}が消えてしまうことかな?」
「みんなと同じね」彼女が笑って、
「そうですか?」彼が首を傾げる。

 螺旋階段の一番下。アノラック姿の子供が段に座って、遥か上方の光を見つめていた。子供の手には不細工なうさぎの縫いぐるみがひとつ。
 見つめる視線の先の天窓の上を、一羽の鳥が過ぎったと思う。

「氷魚〜、{夢}が終わっちゃうよ〜?」

 子供は真上を見上げたままで、大きく彼の名前を呼んだ。

「若し、ご存じなら次の{夢}への道を教えて貰えますか?」
「……吟(ぎん)だけなら構わないけれど……」

「僕がこの{図書館}から出ることは、貴女の『死』に等しのでしょう?」

 氷魚は先刻よりも少しだけ速く段を下りて、吟のもとへ行く。彼の後ろから彼女もゆっくりと下りてきて、彼と子供が手を繋ぐのを見ていた。

「何話してたの?」吟が聞いて、
「何だと思う?」氷魚が答えた。
「何読んでたの?」吟が聞いて、
「何だと思う?」氷魚が答え、吟が膨れ、
「ごめん、読めなかったんだよ?」氷魚が笑った。

「吟は読める?」

 問われた吟は繋いだ手を解いて、部屋の真ん中の二つの影に駆け寄った。開かれた白いページには一筋の光が差し、それを皓皓と輝かせ。
 解かれたのとは逆の、氷魚の手首を彼女は掴んだ。

「いつかまたこの{図書館}に来たときには、今の僕らの姿が此処に残っているのでしょうね?」
「……いつかまたこの{図書館}に貴方が来たときには、ちゃんと本棚にしまってあげるから」

 二人の子供と同じように、吟もしゃがんで本を覗き込む。読み上げたのは知らない言葉と不愉快な音色。

「いつかまた会えますように」

「逢えぬのなら貴方を呪いましょう」


 小さく言葉を交し、少年は『生』き、彼女は『死』に。
 そうしてまた繰り返す{世界}の中で、監獄の本が逃げぬようにと螺旋を上り、光を仰ぎ。

制作:08.02.10
UP:08.02.15