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蒲公英


私のようなみにくいからだでも灼けば小さなひかりを出すでしょう。
(宮沢賢治『よだかの星』より)



 よだかは醜い鳥です。鷹や目白はおろか、雲雀やこんな小さな小鳥にさえ馬鹿にされる程でした。口なんてパックリと裂けたみたいに大きくて、顔は味噌色。
 其れでもよだかは、嘘ひとつついたことのない正直者でした。中には彼の良さを理解し好いている者だっているのです。兄弟の蜂すゞめや河蝉、其れからもうひとりは、地面に根を下ろす雑草と同等の様な花でした。
 淡い山吹色のぽんぽんみたいな花を揺らして、タンポポはよだかが遊びに来るのを心待ちにしておりました。

 ある日のことです。其の日のよだかは酷く落ち込んでおりました。

「如何したんだよヨダカ。また鷹さんに何か云われたのかい?」
「タンポポ、市蔵って名どう思う。」
「悪い名ではないよ。僕の趣味ではないけれどね。」

 よだかは今一度大きな溜息をつきました。タンポポは不思議そうによだかの顔を覗き込んで、彼の言葉を待っていました。

「僕がこんな醜い姿でなければ、誰も僕の名なんて気に止めないのに‥。」
「ヨダカが醜いだって?君が夜空を滑る姿を一体誰が醜いなんて思うんだよ‥?」

 よだかは顔を赤くして、思わず「ありがとう」を呑み込んでしまいました。タンポポは極当たり前に「だろう?」と同意を求める様に、首を傾げておりました。

「タンポポ、君は僕が空の上で、何をしてるのか知らないからそんな風に云えるのさ。」
「何をしているんだい?」

 よだかは口を噤みました。

「ヨダカ‥?」
「‥‥沢山の虫達の命を奪っているんだ。」

 よだかは喉の奥が微かに疼くのを感じました。腹の中で溶けていく甲虫や蛾のことを思うと、如何しようもなく遣り切れなくなるのです。

「生きる為には仕方のないことだろう‥?」

 タンポポの声は蚊の鳴声程しかありませんでした。

「木や草や花達は、何も殺さずに生きてゆける。」
「だからって自分を責めるのは筋違いだよ。」

 よだかだって十分に諒解していました。其れでもタンポポ達が羨ましくてならなかったのです。

「ヨダカ、聞いておくれ。」

 風でタンポポの頼りない茎が揺れておりました。こんなに細く柔らかいのに、其処に満ち溢れた生命力はやはり羨ましいのです。

「植物は虫達に喰われて、虫は鳥に喰われる。鳥が何時か死んで地面に溶け込んだら、其れを植物が喰うんだ。だから、何も後ろめたく思うことはないんだよ。」

 更にタンポポはつづけます。

「僕は君の血肉になるのならば此の命を勿体ないとは思わないよ。」

 タンポポの言葉の総てをよだかは理解出来ませんでした。唯云うべき言葉が見つからず、其れでも伝えたい何かを必死に口にするのです。

「タンポポ‥‥もし僕が僕で、夜鷹でなくなった刻、君は今みたいに云ってくれるかい‥?」

 タンポポは微笑みました。
 よだかは少しの間タンポポに見惚れておりました。蒼紫の空から零れる陽がタンポポに差して、きらきらと輝きます。
 よだかはタンポポを摘み採りました。

代幸(よだか) 〜!何してんだよ。先行くぞー。」

 輝く空を背にたな(・・) は大きく手を振りました。

「なあ、たな。」
「んあ?」

「蒲公英って綺麗だよな。」

 たなは笑って、茶化す様によだかに駆け寄りました。

「何其れ、口説いてんの?」
「馬鹿、誰が男口説くかよ。」

 たなは良く聞くこともなく鼻歌を唄っておりました。手をポケットに入れて少しぎこちなく歩くのです。
 長い影法師が可笑しな道化師みたいに動いて、何故か其れに仄かな愛しさを覚えるのでした。

「‥‥ありがとう。」

「ん?何か云った?」
「別に。」

 蒲公英の花はきらきらと、陽を受けてきらきらと、小さな光りを放ちながら散ってゆきました。

 何故だか、君に伝えずにはいられなかったのです。「ありがとう」と。同じ空を仰ぐことを、其処に存在することを、共に生きることを。


ありがとう。


僕は幸せです。

君の声が聴けて。




制作:06.02.09
UP:06.02.22