001:訣別_閑話



 ぼんやりと白茶けた視界に、鮮やかな色がつき始める。ゆっくりと瞬きをして夕陽に染められた黄金色の天井を仰いだ。

(何で寝てんだろ俺‥)

 手繰り寄せるべき記憶が、ぷっつりと跡切れている。上体を起こして髪の毛を掻き毟った。出てこない答えが、いじらしい。

「痛っ‥。」

 遙は腕に微かについた傷口に顔をしかめた。怪我をしたことまで記憶にないなんて、相当だと溜息を吐いた。
 机を叩くケータイのバイブ音が耳につく。ワンコール分だけ震えた其れを手に取ると、見慣れない番号の履歴が残っていた。アドレス帳と照らし合わせると、其の内のひとつに突き当たった。

「‥‥郁方‥?」

 記憶にない。其の人が誰なのかを知らない。久しく逢っていない友人なのか、バグなのか。何方も有り得る気がして、何方でもない気もする。ただ解らないことへの感情は苛立ちではなくて、心地良い、切なさの様であった。


 呼び慣れない名前に、頬が濡れた。



制作:06.02.24
UP:06.03.07