僕らは

自分が

傷付かないようにと

たくさんの

嘘を吐く。


三章 裏切りの花

032:行き先



「パオロ、お願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「サディに、俺が謝ってたって、伝えて」

 宴の晩から、丁度一週間が経った。
 一週間も時間が在ったのに結局サディと和解しなかったのは、朔の日に起きた無数の事件に協会全体がてんやわんやしていたこともあるし、ルードが近くにいたせいも在る。ルードはこの一週間、協会内の一室で寝泊まりしていた。
 もう一つ、理由があるとすれば、パオロの言うように誰も悪くはないからだろう。嘘でも謝ったのは、自分の身が保ちそうになかったから。

「解りました。クレス、お二人をお願いします」
「うん。協会の方もしばらくは忙しいだろうけど、頑張ってね。それじゃあ……

行ってきます」

 旅仕度をしたのは、郁方とルード、加えてクレスの三人。未成年ばかりの一行だが、今の協会にはこれで一杯一杯だ。港町リパーリオを経由し、正教会のある辺境シェラへ向かう。
 シェラへ向かうのは、郁方の身分を国民に公表するためだ。首都で行なってはならない理由や、わざわざ遠回りしてまで訪れなければならない港町のことを、郁方はよく知らない。

 それでも、少しづつ予言は進んでいく。



×××



「は?」

 時間は少しさかのぼって宴の二日後、郁方たちの旅立ちの五日前。その日の仕事を終えたサディ=コナーは、ローズづてに総帥の部屋に呼ばれた。部屋にはあの小さな老人と、自身の姉、銀髪の青年がいる。
 そこで告げられた事実に、サディは耳を疑い、もう一度同じ言葉を要求した。

「それは……どういう……」

「他に意味など有りはせんよ。サディ=コナー、君は明日から事実上の人魂課外務班長だ」

 何故、どうして。こんな忙しい時期に、自分の上司であるフランク=マッケンナはどうしたのだ。宴の日以来姿を見ていない。例え彼を除いたとしても、こんな人事馬鹿げている。

「表向きは班長代理じゃが、フランクが帰ってくることはないだろう……。フランクが務めていた人魂課長の仕事はローズが引き継いでくれたまえ」
「はい」

 ローズは困惑するサディと視線一つ合わせようとせず、同席しているロビンに至っては、嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
 ――だから言っただろう?君は現状を把握すべきだと。ニヤニヤの中の言葉が、今にも聞こえてきそうだ。

「総帥……納得できません。俺が班長になって、業務が上手くこなせるとは……」
「……不安は解る。君はまだ若い、フランクですら若過ぎた。しかし、君が一番『まし』なのだよ」

 総帥ファブリスの顔は、疲れていた。
 この老人だけではない。協会中の人間が疲れている。ロビン=プラナスだけはまだ辛うじて疲労を表に出していないが、それも時間の問題だろう。

「君より任期の長い者は、七年前の悪魔討伐を志願しなかった腰抜けばかり。近い内に崇拝者共と内乱になりかねない現状では信用に足りん。
 他にも年長者はいるだろうが、いずれも他の課からの移動人員で外務での仕事は君よりも短い者だ。検挙数でも、フランクを除いて君に勝るものもいまい。

 人魂課という特異性の高い仕事だ。現時点で、人魂課外務班長が勤まるのは君以外いないのじゃよ、サディ=コナー」

 胃に重たいものが落ちて来たのが解った。逃げられない。ローズはこんな重たい物を抱えているのだと、初めて知った。ならシェーマスは?あの少年はどれほどの重みを抱えている?

「ロビン=プラナス、君にも移動命令だ」

 こちらは、噂通り。

「北支部ノルドゥにて、そちらの人魂課長を勤めてもらう。地方への移動だが、決して左遷ではないと理解して貰いたい。人手が足りん、優秀な君を送ることで北の人員を少しでも首都に回したいのじゃ」
「承知しています。慎んでお受けします」
「サディ=コナーは?」

 確認の言葉は、暗に代わりはいるのだと言っているようだった。腰抜け組に入りたいのかと問うている。
 冷静になれ。

「お受け致します」

 この事を予期していただろうロビンの笑み――恐らくローズ=コナーも――シェーマスと同室であること、騎士であっただろうガラードの検挙、そして王に誓った忠誠。どれだけが仕組まれていたのか、どれだけが自分の意思なのか。どちらにしても負け犬になる理由には成らなかった。
 あの人を、守るためにも。

「外務班長に任命下さったということは、前任のフランク=マッケンナの現状と『部下』であるシェーマス=ルアの今後の予定についても、ある程度ご説明頂けるものと理解しても構いませんか?」
「……ああ……。詳しくはローズに聞くと良いじゃろう……」
 ファブリスは肩の力を抜き、ゆったりと掛けなおした。この老人も、人並みに身体を強張らせたりするのだ。

 三人の若者が出て行った後、小さな老人は、今度こそ全身の力を抜いて長いため息をついた。彼には心を落ち着かせる為の煙草の趣味もなく、すぐに酒を呷る気にもなれなかった。ただ一口の水で喉を潤わせ、柔らかな椅子にのけ反る。
 虚勢を貼るのは嘘をつく行為だ。例えもう何年も続けてきたことだとしても、嘘は総じて疲労を伴う。

「……次代を担う若者たちは皆頼もしい……。この老いぼれは取って喰われそうだよスカーレット……」

 零れた呟きは誰にも届かず、誰にも届くべきではない。



×××



「『カナタ』は、兄弟がいるの?」

 乗り込んだ馬車の中で、クレスが聞いた。呼び方はどこかよそよそしく戸惑ってはいたが、いつもの明るい彼女だ。

「兄貴が一人いたよ」

 「いる」ではなく、自ら無意識に「いた」と言ってしまったことが胸を締め付けた。もう一度会えるのかも解らないし、そうでなくても遥(兄)の記憶の中に今は郁方はない。

「割りと仲良かった方だと思うけど。今は会えないし」

 言った後で少し後悔したのは、ルードの身の上を思ったからだ。両親と親友に裏切られた彼は、今はどちらとも会えない。クレスの父親以外のことを聞いたことも無かったから、もしかしたら「会えない人」なのかも知れない。

「今から行くリパーリオにはね、人に会いに行くの」
「うん?」

 クレスの目にくまがあることに気付く。郁方達に同行することが決まっていた彼女は他の会員よりも仕事を減らしてはいたが、心は、遠慮なく蝕まれている。

「リパーリオは、郁方の前に見つかった一人目の王ジャン=ケルキスの眠る場所――」

 それでも必死に嘘の笑顔を作る。他人と、自身が傷付かないように。
 少しでも、歩を進める為に。




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制作:07.07.15
UP:07.07.17