Replica'


天地創造を全く無視した世界にいても、偶に考えることがある。

神様はいるのか?




act.A2-1 死神少女




 新しいクラスには「死神少女」と云う仇名の女の子がいた。勿論本人の前で口にする人はめったにいないのだが、彼女自身気付いていないと云うことは無いだろう。濁った白色の髪に赤茶色の目、静かに笑う顔は確かに死神を連想させる。

 数学の時間。ユダは教室の一番後ろの席に腰を下ろした。固定の席順はなく、ある意味では其れによって授業に対する積極性が判断された。普段は最前列に座るのだが、流石にあれ(・・) 以来そう云う気にはなれない。

「またこんな端に座ってんの?」

 リヴが教科書を隣りの席に置いた。リヴとはあの日以来良く話す。ユダがマティストと知れて、特別な態度を取らないのは彼とサクぐらいだった。いや違うか、死神少女はユダのことなんて一度も気にかけたことが無いだろう。丁度前の席に彼女の頭が在った。頬杖をついて暇潰しに教科書を読んでいる。

「? 見とれてんの?」何気無くリヴが云う。
「は?誰に?」

 彼は面白そうに肩を竦めて死神少女 ―― ラキ=ヴィスタの方を見やった。可愛いと云う部類ではないが、不細工と云う訳でもない。顔立ち自体は整っているのだが、可愛げは皆無に近い。

「俺、苦手だ。」
「へえユダはそう云うのがタイプなんだ。」
「如何云うのだよ。」

 本人を目の前に何て会話をしているんだ自分たちは。ラキは姿勢ひとつ変えず教科書を見つめている。確かに顔立ちは綺麗なのだが‥。

「でっ‥!」「ほほう、ユダはああ云うのがタイプか。」

 今度はサクがユダの頭の上に教科書を叩き付けて、似たようなセリフを吐く。

「だから何なんだよ二人してさっきっから‥!」

 ユダが少し声を荒げると、サクもリヴもぴたりと動きを止める。思わず疑問符を浮べ二人の視線の先を見やると、ラキが振り返って無表情でユダの顔を見ていた。とっさの声も出ず、顔をひくつかせる。

「ユダ=ルークス。期待のマティスト‥。」

 ラキが何かを読み上げているかの様にゆっくりと発音する。静かに微笑んで、上目遣いでユダの顔を覗き込む。

「ねぇ、次期マティスト様には聞こえる?」

 眉間に皺を寄せ口許を歪め、強張った顔のまま片言の返事をした。

「‥‥な、にが?」
「悲鳴。」

 こう云う事を、さらりと云ってしまうから「死神少女」なんて異名が付くのだ。真面目なのか、からかっているのか解らない表情。ユダが答えないでいると、今度は確かにからかいの声色で皮肉をあびせた。

「心配しなくてもアタシ優柔不断な人好みじゃないから。へたれマティストさんは恋愛対象外です。」

 ラキがくるりと前を向き、ユダはやっとの事でひとつ息をついた。

「無駄に緊張した‥。」とぼやくユダに、
「『へたれ』に関してのツッコミはなし‥?」とサクが透かさず云った。







「なあ、二人は神様っていると思うか?」

 トレーの上に並べられたタラコスパゲティ定食を前に、ユダは何気なく呟いた。小さなつぶつぶを注視して意味深な発言をする友人に、二人は顔を見合わせそろりと小声で呟き返す。

「ユダ‥お前ついに死神少女にあたった(・・・・) か?」
「食中毒じゃあるまいし‥。」

 スパゲティをフォークに巻き取って、其れを視線の高さまで持ち上げる。

「このタマゴの一粒一粒って、生きてた訳だろ‥?其れがみんな神の申し子だとしたらさ、かなり罰当たりだよなタラコスパゲティ。」
「タラコスパゲティのタラコは受精してないから生きてた訳じゃないケドな。」
「リヴ云ってる事ムツカシイぞお‥。」

 各々好き勝手しゃべって噛み合わず、イマイチ要領を得ない。ユダが「で、いると思う?」と仕切り直すと、サクは軽く「いないんじゃね‥?」と答え、リヴはうーんと唸った。

「『神様』って概念ってさ、人間にしかないと思うんだよ。精神的に弱いって云うか、憧れとか?そう云うのの裏返しなんじゃないかな。」

 何だか其れでは、「神様」は欲望の塊の様ではないか。其の方が核心をついている気もするのだが、少し有難みに欠ける。そうかと云って、いたらいたで相当憎たらしい存在である事は確かだ。

「神様がいたら一発殴ってやるのに。」


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