Replica' |
無関係だから無関心を押し通す、僕にはそう云う生き方が出来ない。君の様にはまっすぐに生きられない。 其れならいっそ僕は、 屋上から落ちた人間は、勿論そんな綺麗には着地出来ない。紅い花の絨毯に埋もれた其の身体は不自然な方向に関節を曲げていた。糸の切れた操り人形の様に、ぴくりとも動かない。 立ち上がって窓に群がるクラスメイト。手で顔を覆い隠したり、宝石みたいに目を輝かせたり。中学生たちにとって「死」は間違いなく珍事で、非現実だ。人間が死ぬモノだと云う事実に気が付く。 「ユダ、大丈夫か?」 騒ぎの中で、聞き慣れた声が届いた。眉間に皺を寄せたリヴがユダの方を覗き込んでいる。何時もみたいに心配してくれている。そうだ何時もだ。何時もと同じ日の筈だった。其れなのに人間が死んだ。 気色悪い。吐き気がする。こんなの、グロテスクの他の何物でも無いのに。 何喜んでるんだ? 何楽しんでるんだよ? 死ぬ前にこっち見てたじゃないか、 睨んでたじゃないか。 もうすぐ皆、死ぬんじゃないのか? 「頼むから過呼吸なんかになるなよ‥。大丈夫だから。」 瞼を覆う体温を持った手のひら、控えめで落ち着いた声。あたたかい、泣きたくなる。 大丈夫だから。 我に返った教師が、唐突に生徒を席に連れ戻しだした。カーテンを引いて窓を遮る。心なしか薄暗い教室の中で、空気だけがざわついていた。 「ヒナキさん、学級委員の代わりに皆をお願いしても良いかしら?私は職員室に行ってきますから。」 ヒナキがこくりと頷く。 「皆さん、静かに教室で待機していて下さいね。其れから、 カーテンを開けないこと。」 誰かが大声で何か云うことも無ければ、パニックになって走り回る人も居なかった。唯始終カーテンの向こう側を気に掛けながら、近くの人間と噂話に花を咲かせる。 もう皆、落ちたのが誰なのか察しが付いているのだから。 「‥キ‥。」 「ん?」 「ラキ、帰ってこないな。ウチの学校、サボれる場所ってあんま無いじゃんか‥。」 小さなユダの呟きにヒナキの肩がびくりと震えた。サクが珍しく怒ったみたいに顔を歪めて、嫌味みたいな口振りで云う。 「死んだのは、どうせラドフだろ。」 「サクくん!」 響いたのは、ヒナキの声だった。振り返った彼女の瞳には、今にも零れ落ちそうな程に涙が溜まっている。顔は赤く染まり、すごく‥不細工だ。 「云って良いことと悪いことが在るのが解らない‥?喩え落ちたのが本当にラドフくんだとしても、死んだのか生きているのかなんて如何して貴方に判るの? そんなに簡単に人を殺さないで。」 結局ヒナキの云ったことが正しかった。落ちたのは学級委員のラドフ=カートンで、確かに生きてはいた。屋上には雨に塗れたスニーカーが、綺麗に脱ぎ揃えられていたそうだ。 サクには解らないよ。ユダの言葉の意味も、ヒナキの不安も。 事件の後、屋上への扉の鍵は強固なコンピューター制御に変わった。無理にこじ開ければサイレンが鳴り響く、完全に大人に監視された鍵。 「屋上、出れないんだ‥。」 最上階から更に上へ続く、人通りのない階段。其処でぼんやりと時間を潰すユダのもとに、ふっとラキが顔を出した。屋上の鍵とは別に、彼女はあの後も変わらない。 「誰かさんのせいでな。」 「誰か?」 静かに交わす、二人だけの言葉。キミがレプリカは滅びると告げたあのとき以来。 「ラキ=ヴィスタ」 ラキがユダの隣りに腰掛ける。あのときと同じように、視線だけ合わせずに。 「ラドフは自殺だったでしょ‥?」 「自殺だったよ。 でもお前、ラドフが自殺すんの知ってたろ。」 レプリカが滅びると気付いたときの様に、彼女はラドフの死の意思に気付いていただろう。同じように悲鳴が聞こえて、逃げる様に離れた。 肯定も否定もない。自分の脈の音だけが嫌に鮮明に耳に届く。 「お節介だって何だって、止めるべきじゃんか。人が死のうとしてるのに見て見ないフリなんて、そんなの見殺しと一緒だ。」 「‥‥あたしのこと殺人犯だと思ってるんだ。」 落ち着いた声が酷く恐ろしい。まるで如何でも良いことみたいに、無関係だから無関心を貫いて。 「殺人犯はラドフ=カートン。あたしには関係ないよ。」 「辛くてトイレで吐いてたくせに。」 嘘っぱちの噂なんかじゃなくて、本当のことだとしたら‥?ラキがふっと目を伏せる。 「ユダには関係ないよ‥。それに、いまさら人間一人見殺しにしたくらいで。」 「どきり」とした。 レプリカが滅びるのだとしたら、沢山の人間が死ぬ。大地が破れ海が干上がり、総ての生き物が消える。そんなの見殺しと一緒だ‥? 「オレは‥‥。」 「あたしが殺人犯なら、ユダも殺人犯。」 ―― お節介だって何だって止めるべきだろう。もし、見殺しにしない方法があるのだとしたら。 「マティスト様が世界を救う気なら話は別だけど。」 出来るはずがない。14、5の子供が、あと一年の間に世界の滅亡を防ごうだなんて。スーパーマンや魔法使いですらない、ただの数字馬鹿に。 「見殺しにしたくない‥。」 「見殺しになんか‥!」 ユダが胸倉を掴んでも、彼女は眉一つ動かさない。いつもみたいに曇った目で、静かに見つめ返すだけで。 「諦めない‥見殺しになんかしない‥。」 「無理だよ。」 いつかその目が澄んで、例えば涙を流し、例えばやさしく微笑んで。そう云うのを、待ち望んでも良いのなら。 「アンタのこと、諦めたりしない‥。」 例え世界が救えなくても、 「ラキを、レプリカと一緒に殺してなんか‥‥やらない‥。」 キミ一人に執着することくらい出来るさ。 |