Replica' |
いつもの様に後ろの方の席に座る。隣りにリヴがいて、サクは遅刻していていないけれど、ヒナキは遥か前方に座っていた。 教室の中に彼女の姿はない。 「ルークスくん、ちょっと良いかな?」 早めに授業を切り上げた数学教師が、そそくさとユダの元に駆け寄って来た。少し辺りを気にしながら、はにかんでいる。 「はい?」 「今度の日曜日って暇かなあ?いやね、大学時代の友達がどうしてもルークスくんに会いたいって聞かなくてさ」 ユダがマティストと知れて、彼ほど態度が急変した人もいない。正直、中年男性に目をキラキラさせて近寄られるなんて出来れば遠慮したい訳で。 「えっと……」 「私も駄目だって云ったんだけどね、私の大学時代の友達だからつまり、みんな数学マニアで」 「日曜はごめんなさい…。遠慮します」 その後数分粘りながらも教諭に軍配は上がらず。 寂しい背中で去って行く彼の姿を見て、リヴが必死に笑いを堪えていた。一方で堪えもせずにゲラゲラと笑う声がひとつ。 「ルークスくん、ちょっと良いかな?」 「……ごめんなさい日曜は」 「いやいや日曜じゃなくて昨日の話ね」 大遅刻をかまながら堂々と登場したサクが、ユダの肩に腕を回して思いっきり絡んできた。気持ち悪いくらいニコニコして、加えご機嫌で頬なんか仄かに赤らめたりして。 「…おはようございますサク先生、顔赤いです、気持ち悪いです」 「おはようルークスくん、顔が赤いとか大きなお世話だから。ところで、ちょっと耳寄りな話を聞いたんだがね。あ、逃げるのとか無しだから。 昨日の放課後『死神少女』に告ったって本当?」 ユダとリヴがぽかんと口を開けてるのを余所に、サクは一人「結構確かなせんせんからの情報なんだけど」なんて喜々と続けている。 「屋上前の階段で、ラキのこと引き寄せて『お前のこと絶対に諦めない』とか云ったらしいじゃん?」 「引き寄せて」の意味がまるで違う。その目撃者は、女の子相手に胸ぐら掴んで怒声を浴びせるユダの、一体何をみて愛の告白と解釈したのか。 「それで熱い抱擁を交わすわけ?チューとかすんの?青春?青春なのか?」 「フられたから」 「は?」 「『諦めない』だろ?明らかフられてんじゃん」 今度はサクの方がぽかんと口を開けた。それから何を決意したのか目を座らせて一言。 「ウソだ。」 「じゃあウソでも良いケド」 「何そのどーでも良さそうな顔は…!ヘタレユダのくせに!このっ!」 肩に回した腕で今度は首を締めにかかる。わざとふざけてくれてるんだろう。サクの詮索癖は確かに頂けないが、空気が読めない奴じゃない。だんだん本気で苦しいが…。 「ユダ」「ん?」 横で見ていたリヴが静かにユダの名前を呼んだ。いつもの童顔で、いつもの落ち着いた声。 「話したくなったら話せよ」 優しいな、みんな。 話してしまった方がずっと楽なんだろう、そんな勇気、持ち合わせてないケド。 「解ってる」 いや、話そうなんて端から思ってないのか。 昨日の、まだ空が青いうち。 胸ぐらを掴みながらの、ストーカーまがいな救済宣言。ラキは怒るでも喜ぶでもなく、ましてや何時ものように軽くあしらうことさえしなかった。ただ唐突に、声も無く呻いた。頭を抱え、髪をもみくしゃにして。 彼女の額にうっすらと浮んだ脂汗。吐息が熱い。 「どう……。」 どう、したんだよ。自分が酷く間抜けな言葉を発していることは解っている。「どうした」って、多分自分のせいなのに、情けない。 「…声…掛けないで…。」 「え…?」 「お願いだから、何も喋んないで。」 彼女が声を荒げるのを、初めて聞いた。襟元から放した手の行き場に困る。こう云うとき、リヴならどうしただろう。サクならどんな言葉を掛けただろう。 「悪い…。」 ユダの言葉に、ラキは更に身を小さくした。彼女の発作は一向に止む気配がない。空だけが呑気に流れて、ユダは元のように隣りで静かに腰掛けていた。云われた通り、何も口にせずに。 ラキがふらりと立ち上がる。 「アタシ…帰るね…。」 おぼつかないその足取りに、思わず差し出した手を冷やかに睨まれた。行き場を失った手の平で、空気を握り締めた。 「……怖いの」 「え?」 視線をこちらに向けず、弱々しい声で彼女が呟く。 「…痛いから、怖いから…。……キミに助けてもらうこと」 二人とも、じきに世界と訣別する。だからキミにした、言葉の責任を取れないから。 失うモノなんて今更何も無いくせに、それでも失うのが怖くて。待っていた言葉さえ素直に受け取れない。 決めたくせに、自分で決めたくせに。 弱虫。 弱虫。 弱虫。 |