「『意思を継ぐ王』は悪魔崇拝を排除し、ネウトゥロを救う救世主 。 ジャンヌはシアヴィルに『導きの言葉』を残したの。其れを実現させる為に協会は『王』をサポートするし、悪魔崇拝者は逆に妨害する。」 御伽話の様な歴史。ローズはまた黙々と話し続けた。少し、肌寒い。 「貴方が其の王。貴方にはどうしても彼女 の意思を継いで貰わなくてはならないし、私達も極力其の手助けをするわ。其れから‥」 「あの‥」 郁方は思わず口を挟んだ。如何しても訊かなければならないことだった。 「その‥何故俺が王なんですか‥?」 極間抜けな質問だと思う。其れでも解らないことに変わりはないし、明確な理由が無ければ納得がいかないのだ。 「生れ変わりだから‥なのだけれど、何故そう断定出来るかを伝えれば良いのかしら。」 ローズは郁方の右頬にすっと手を伸ばした。触れられた感覚はあまりない。何時もそうだ。此の頬は、常に鈍い。 「他にも根拠はあるのだけど、一番は此の痣よ。 ── 之は悪魔への服従の証、呪われた魂の現れ。 『悪魔の印』には痛覚がなく、傷ついても血が流れることはない。」 郁方は出かかった言葉を呑み込んだ。心当りが腐る程ある。まるで其れは皮肉の様で、頭痛がした。 「ジャンヌに向けられた揶揄なのよ‥。」 ローズの視線が静かに郁方の瞳を捕えた。鼻につく雨の匂いも肌に当る湿気た空気も総て、神経を坂撫でる。此の境遇 が不快だった。 「貴方は『魂狩』に命を狙われることになるわ。魂狩は非情の殺人者。協会は貴方を護るけど、安全ではないの。聞いて、」 視線を外していた郁方は変化した彼女の声色にふっと顔向けた。先刻までは確かに冷たく、事務的ですらあったローズの目は、一変憂いた人らしい目差しになっていた。心配事を抱え込んだ母親の様な、云わば感情的な瞳。 「表向きは貴方を保護することで決ったけれど、意見はふたつに割れている。貴方を殺してしまえと思っている会員も少なくないのよ。貴方は『悪魔の印』を持っているし、魂は此方側にとっても脅威に成り得る。 だから貴方には正体を隠してもらうわ。会員の一人として紛れるの。」 郁方はふっと了解した。彼女は自分のオーラを自在に操れるのだ。今度はさらさらした明るい空気をまとい、微笑んで見せた。 「名前はシェーマス=ルア。天涯孤独の取締協会の新米。右の頬は、火傷の痕にでもしときましょうかしら。」 頭を過ぎる、何時か聞いた言葉。 ──人生を捨てる覚悟を 彼 の云った台詞の一つひとつが自分に向けられた『皮肉』だと気付き、郁方は自分自身に小さく冷笑を浮かべた。何故だろうか、総てが如何でもよくなって、深刻になっていた自分が馬鹿ばかしくて、投げ遣りに、しかし確かに活力が芽吹いたのを感じた。 ──大丈夫、生きてゆける 「今日は疲れたでしょう、寮に案内するわ。」 ローズは腰をあげて、郁方にも立つ様に促し入口に向かう。ドアノブに手をかけた時、ふっと立ち止まり告げた。 「貴方は咎人と聖者の狭間にいるの、 忠誠を誓えないのなら牢の中よ。」 冷やかな言葉だった。真実を射た心の入る余地のない。 ローズは不意に郁方を引き寄せて、抱き締めた。 「ローズさん‥?」 「ごめんね‥」 其の時は解らなかった。彼女が何を詫びているか、そんな泣きそうな声で。郁方は呟く様に返した。 「気にしないで下さい‥。」 ── ごめんなさい‥。 ── こんな事に巻き込んで‥ ── 家族と引き裂いて ── 貴方には何の罪もないのに‥。 ххх 雨の日は嫌いだ。如何しようもなく心が憂いて、もどかしい様な変な感覚に襲われる。サディは音にならない溜息をついて窓の外を見やった。雲の切れ目から月が僅かに覗いている。ふたつの月は其の端を微かに交えて皓々と輝いていた。 不意に耳に届くノック音。誰かが訪ねて来る予定などあっただろうか‥? ドアのノブを捻ると見慣れた顔があった。ブロンドを緩く束ねた緑色の瞳の女性。彼女の後ろにはあまり背の高くはない黒髪の少年がいた。右頬に大きな湿布を貼って、緊張を隠しきれていない表情。サディはもう一度ローズに視線を戻し、口を開いた。 「如何したんですか内務班長?」 眉を寄せるローズにサディは小さく肩を竦めた。彼女の言いたいことは、解る。 「今朝話した新しいルームメイトのシェーマス=ルアよ。」 「あぁ。」 サディは郁方に手を差し伸べて微笑んだ。 「サディ=コナー、よろしく。」 「よろしくお願いします。」 郁方は思わず頭を下げそうになるのを抑えてサディの手を握った。サディはローズと同じ様に金髪で、緑眼だった。背丈こそ郁方より幾分高いが、多分歳はそう大差ない。 「部署も一緒の筈よ。明日の朝壁に行くから、よろしくね。」 「解りました。9時にホールで?」 「良いわ。」 サディは一礼して、郁方に中に入る様に促す。始終ローズは難しい表情でいたが、サディは其れを茶化す様に穏やかな顔で言った。 「おやすみ姉さん。」 ローズは微笑み、彼の背を軽く押す。 「おやすみなさいサディ。」 |