「崇拝者としてはハズレだろうな。」 ボードリグール邸を振り返り、サディは郁方にだけ聞こえる小声で呟いた。郁方が先を尋ねるように首を傾げると、ただにやりと笑って歩き出した。ガラード=メーラの処へは、ジルが案内してくれることになった。 似た様な町並みが、延々と続いた。三人は黙って歩いていたが、不意にジルが口を開いた。詰りそうな息の、声だった。 「貴方は、彼を‥。」 其の後は続かなかった。貴方はサディで彼はガラードのことを指していたのだと思う。 貴方は彼を崇拝者だと思っていますか? 「ルードの家は其処の角を曲がった処です。」 「ルード?」 ジルは「あ」と声を漏らして苦笑した。“ルード”はガラードの仇名らしい。彼はガラードと呼ばれることを嫌がるのだそうだ。ガラード=メーラ ―― ルードの家はボードリグール邸とは逆に、平均よりもやや小さめのたたずまいだった。静かだ。 シンプルなデザインのノッカーを鳴らす。反応はない。 「ルード、いるだろ?」 ジルは声を張り上げ、今度は手の甲で二回。顔の色が青ざめていた。 「如何して出ないんだよ‥。」 「協会には関わりたくないってか。ある意味賢明。」 ジルは訝しむようにサディを見た。サディの表情はいつも通りで、ただ其れが嫌に冷たくも見えた。 「如何云う意味ですか?ルードは‥。」 また言葉を切る。唇をきゅっと結んで眉を寄せた。叫ばない彼を凄いと思った。 「ルードは崇拝者なんかじゃない。崇拝者が絶対に13人なんて、馬鹿みたいだ。やむおえず12人で集会をすることだって在ったんじゃないのか?」 途切れた言葉の先は、塞き止められた水のように一気に流れ出た。其れでいて静かで感情を制御した声。サディは、同じように静かに返した。 「‥‥俺は例外なんてゴメンだ。13人のコヴァンを絶対のものとしなくなったら、協会は崇拝者を14人探せと云い出す。必要以上に他人を疑うなんて 胸クソ悪い。」 他人は色々なことを考えている。自分には思いも寄らない様なことを。ジルは苦い顔のまま、視線を逸らした。彼も郁方と同じことを思ったのかも知れない。サディの云うことは正しい。 だったら、何だと云うのだ。 郁方は重い空気にも、先刻から一言も口にしていない自分にも耐えられなくなって、ある種無意味な呟きのように言葉を漏らした。 「‥‥“ルード”は何処に行ったんだろう。」 ジルは歯ぎしりをし、きびすを返して早足で行ってしまった。サディが舌打ちをする。溜息も。 「‥‥悪いシェーマス、彼奴連れ戻してきてくれないか?」 「え?」 「如何して?」言葉が口を突いた。彼は関係ない筈ではないのか。サディの顔を見て、郁方は言葉を飲み込んだ。いつも通りの表情に、いつもとは違うオーラをまとっていた。 「彼奴連れ戻して、ルード?も探してくれ。俺は別の方向から引き摺り出してみるわ。」 ххх 小走りでジルの向かった方へ行くと、先刻曲り角に消えた彼 の背中が存外近くに在った。立ち止まって、ぼんやりと風車を眺めている。 「ジル!ごめん。」 叫んで、何故謝ったのか自分に疑問を感じてしまう。ジルは振り返り、郁方の顔を見て微かな冷笑を浮かべた。 「帰られたら困るんだ。」 何故困るのかは、知らない。ジルは郁方の後ろに視線をやった。勿論サディの姿はない。 「シェーマスさんって云いましたっけ。新人なんですか?良くあんなのと吊るんでいられる‥。」 急に少し舌っ足らずな彼の声が、不快な物に感じられた。内容のせいも在るだろうが、何よりも彼の表情が。 「君にそんなことを云われる筋合いはない。」 平然とした彼に苛立ちを覚える。大切な人の一大事じゃないのか。赤の他人の悪口を云う暇なんてない筈だろう。 「親友 の無実を証明したいなら、帰ったりしないだろう普通。」 ジルは思わずと云う様に小さな声を上げて笑った。郁方の方に歩み寄って、にっこりと其の困惑した顔を見上げる。酷く楽しそうに。 「如何してですか?出て来ないのはルードの意思じゃないですか。」 『どくん』と心臓が波を打った。いや、違うのだ。以前に一度経験した ―― 魂が軋む感覚。 「僕が何て吹き込んだとしても、決定したのは彼です。違いますかシェーマス?」 |