「捕まった崇拝者は誰一人口を割らなかった。『最後の一人は先週死んだ。新しいメンバーを私達は知らない。』」 サディは渡された羊皮紙を手に彼の話を聞く。先日捕まった崇拝者達は、一人残らず拷問室に送られた。残りの一人を探す為だけに。 「ただ、其の内の一人 ―― メーラ夫人だけは『云えない』と。」 深い青の目が、こちらを静かに見据える。此の人は苦手だ‥。サディは思う。歳だって四つ違うだけだし、入会は同期だ。他の会員は彼を異常だと云う。否定はしない、異常だ。 「ガラード=メーラか‥。」 010:再訪 ―― 崇拝者が絶対13人なんて、馬鹿みたいだ。 サディはノッカーに手を掛けてふっと思考を巡らせた。もう一押し足りない。何か証拠はなかっただろうか。 コンコンッ‥。 一人でいるとノックの音は一層大きく感じられた。何かもう一押し‥。眉を寄せるサディの顔を、金属の獅子はじっと見つめていた。 ガチャリと音を立ててドアが開く。不思議そうなピエールが顔を覗かせた。 「これは、協会の‥。」 「コナーです。すみません、さっきお邪魔したばかりなのに。」 露骨に申し訳なさそうな表情をすると、彼は偏屈の無い笑顔を浮かべた。言葉通りの、笑顔。 「構いませんよ。ん?お連れの方は‥?」 「実はMr.メーラがご自宅にいらっしゃらない様で、ジルくんと一緒に探してもらっています。」 「そうですか‥。」と呟いて、表情を曇らせる。出て来ないと云う事は少なからずマイナスの印象になることは明らかで、彼は其れを気にしている様子だった。 サディは隠れて生唾を飲み込んだ。仕事の時に鎌をかけるのを怖いと思う。彼の様には成りたくない。自分を見失いそうになる。何時も、色々な感情が自分の中で混ざりあって、吐き気を催すような得体の知れない何かが湧き上げた。其れでも、自分に使える武器は之くらいしかないと諦め、鎌をかける。今回は上手く行くだろうか。 「実はボードリグールさんには今回の件以外にも伺っておかなければならないことが在って‥。」 「と云いますと?」 「貴方が人魂の売買に関与していると云う話があるんです。勿論、魂屋を営む方なら良ある悪質な悪戯ですが。」 「はあ。」 気のない返事。全く話の意図が掴めないと云った顔だ。気に止める様子も無く、サディは淡々と続けた。 「そう云う方は大抵陰険な性格で周囲の人間に嫌われている。でも、貴方について街の方に話を聞いても皆口を揃えて褒めるんです。学も在って紳士で努力家で。あ、ふけ顔と云うのはありましたけど。」 皮肉に赤面し空咳を一つ。いい加減要領を得ない会話に嫌気がさしたのか、少し強めの語調で切り返す。 「其れで、何がおっしゃりたいのですか。」 「心当りはお有りでしょうか?そう云う話を流す、貴方を忌み嫌う人間に。」 「其れは私も人間ですから、誰かに嫌われていても不思議はないし‥。」 ふっと其処で言葉を切った。顎に手を当ててうさん臭そうにサディの顔を睨む。宗教勧誘の訪問を見る様な目付きだ。 「ちょっと待って下さいよ。私が罪人だと云う噂が流れているのに、街の人が私を褒めるなんておかしいじゃありませんか。 本当はそんな噂、存在しないのではありませんか?」 後半は殆ど勝ち誇る様な調子だった。嘘を見破ってやった。こんなガキの口車に乗せられてたまるか。 サディの方はと云えば涼しい顔のままで、慌てる訳でもなければ、余裕の笑みを浮べる訳でもない。完璧に馬鹿にしていることだけは確かだった。 「『噂』ではありません。そう云う『話』が在るんです。誰が協会にそんな『話』をしたんだと思います?」 不意を突かれて眉間にしわを寄せた。半ば ―― 否、殆ど独り言として一言漏らした。 「崇拝者‥?」 此処で初めてサディは冷笑を浮かべて、酷くゆっくりと続ける。 「何故崇拝者が貴方の名前を出すんです?」 「其れは‥嘘でも証言をすれば拷問を免れるから‥。偶然私の名前を知っていて‥。」 首を横に振る。 「普通崇拝者は嘘の証言をしません。命の保証が無くなりますから。だんまりを決め込んでも、協会は殺したりはしません。」 笑みは消えて、睨んでいる訳ではないのに強い眼差し。総て見透かされている様な感覚にさえ陥り兼ねない。 「何故貴方は崇拝者がご自分の名前を出したと思ったのでしょう‥?あまり辿り着きやすい境地ではない筈です。 崇拝者との関わりを、名前を出される可能性をお持ちだった。違いますか?今日の朝も、カーテンを閉め切って自宅で崇拝者と商談していたのだとしたら‥。」 息を詰めるピエールに、サディは追い討ちを掛ける様に一枚の羊皮紙を広げて見せた。見覚えの在る紙 ―― つい数時間前まで自分の手元に在った「売買履歴」。先刻の取り調べの際、提出を求められた物。 「最後の記述が一月前になっています。一人暮らしとは云え、其れでは食べて行けないでしょう‥?此処には書けない収入が在った。」 ピエールは大きな溜め息をついてその場に座り込んだ。そして一言「お手上げだな。」と。 「ちなみに貴方の云う通り、そんな『話』はありませんでした。たった今見繕った大嘘です。延々と続く拷問に耐え兼ねて嘘の証言で処刑を選ぶ崇拝者もいますしね。」 さらりと云った自分に寒気がする。協会はそう云う物だと割り切っている自分に。 ピエールはまた露骨に、今度は一層演技臭くふざけた風に溜め息をついた。其の後にふっと思考を巡らせて、にたりと笑う。 「今此処で崇拝者の名前を吐けば、罪が軽くなったりはするんでしょうか?」 「まさか」と云う代わりに肩を竦める。そんな生易しい制度は存在しない。 「そうして下さるのであれば、拷問の担当者を選ぶ権利ぐらいはお約束しますよ。」 大真面目に云うサディに、ピエールは声を出して笑った。 「貴方だけは御免です。」 |