特に癖がある訳でもない黒髪に、焦茶色の瞳。歳の割にちょっと童顔で、背も体型も声も十人並み。何処にでも、何処の街を探しても必ず一人ふたりは似たような奴がいそうな、其の青年が昔話の「彼」だなんて。

 物心ついた頃から一緒に吊るんで、何時もゲラゲラ笑っていた。近所の悪ガキに苛められた時も仕返しに付き合ってくれて、祖母の葬儀の日はさり気なく肩を貸してくれて。其の親友が裏切るだなんて。

 間違ってるじゃないか。何もかも。



013:密談



「間違ってるよ。」

 ルードの口から呟く様にして紡がれた言葉に、郁方は戸惑いながら其の顔を見返した。大通りから一本入った道の、かすれた雑踏の音。何故か息詰まった様な。

「如何して君は今、僕なんかと一緒にほつき歩いていれるんだよ。おかしいよ。」
「何だよ、其れ。俺は協会の中で軟禁されてるのが無難な訳?」

 郁方の声色の変化に、ルードははっとして顔を俯けた。其れでも言葉を濁すことはなく、はっきりと。

「‥うん。」

 「お節介」だと自分で宣言しておいて遠慮なく喋る彼の意図が解らず、郁方は眉間に皺を寄せた。何故か「彼」の云うことを聞いておくべきだと、自分の中で結論が出ている。初対面、同然であるのに。

「ルード?」
「上手く云えないけど。協会はやってることが可笑しい‥よ。
 あんな奴ら、信用しない方が良い。」

 ―― 誰も信用出来ない、俺のことも姉さんのことも、フランクさんも、総帥も、誰一人

 急に顔が熱くなる。馬鹿にされた時みたいに。如何してみんな「信用するな」と、そんなことばかり云うんだ。

「ルード。あんまり、考えなしに人を侮辱するなよ。」

 自分の声が怒っているのが解った。ルードも反射的にムキになって、怒りの表情をつくる。何故こんなに感情的になっているんだ。そんな話では‥。

「考えがないのは君じゃないか。何度でも云うさ、協会なんて信用出来ない‥!総帥も君の上司もあのコナーって云う人も。
 何で協会は君を全力で守らないんだ。」

 怒りに混じって、先日と同じ絶望感が滲んでいた。

 悔しいんだ。

「ジルが‥君を殺そうとしたのに‥。」



「如何して?」

 如何して今そんなことを云うのか。如何して君がそんなに責任を感じているのか、感じる必要があるのか。如何してそんな泣きそうな顔をしているのか。

 そう云うもろもろの意味を込めて云ったつもりだ。ルードに其れが伝わったかは解らないが。

「ジルは君が『其れ』だと知っていた。ジルがだ。彼がそんな核心に近い処にいたはずがないのに。
 ジルが知ってるってことは、悪魔崇拝者の総てが知っているってことにはならないのか?だとしたら、今のまま消極的に君を守るんじゃ‥‥時間の問題だ。」

 時間の問題で何なのか、彼は最後まで云わなかった。聞きたくもないが。

「総帥が其れに気付いていないと‥?」
「余計に質が悪いじゃないか。如何して君が危険だと知っているのに、動かないんだよ。」

 もう一つ、如何してそんなに心配してくれるのか。

「‥シェーマス、『シアヴィル』って知ってる?」

 何処かで聞いた単語だと思った。多分こちらに来てから。ただ其れがなんなのか、ちゃんとした説明を受けたことがないのは確かで。

「いや?」
「聖ジャンヌの聖地があるんだって。」

 ―― ジャンヌはシアヴィルに『導きの言葉』を残したの

 ローズの説明に出てきた言葉だ。人の名前かと思ったのに。

「そこで君のことを公表したら如何だろう‥?全国民の見ている前じゃ、悪魔崇拝者も迂闊に手は出せない。」

 真剣なまなざしで、答えを促す様に郁方の顔を覗く。迷いや不安なんて腐るほどある。だから何だと云うんだ。
 郁方は視線を僅かにずらして、建物の間から覗く青を見上げた。

「少し‥考えるから。」

 言葉の濁し方から、完全に乗り気ではないのが窺える。。仮にも協会の人間なのであるから、こんな会話をしているだけでも息がつまるのかも知れない。

「‥‥お節介だったよね?」

 特に意図した言葉ではなかったが、郁方は不意を付かれた様に目を丸めた。その後に、ゆっくりと首を横に振って

「ガラード、ありがとう。」

 何処にでもいそうな青年が、僕に微笑みかけた。


 ―― もし王が繋がれていたら、お前が逃がしてあげるんだよガラード‥。



ххх



 少しづつ、朝が涼しさを増してゆく。協会の中央廊下の吹き抜けは寒いくらい清々しく、何時もと同じ様に雑音で満ちていた。右腕にかかる重圧さえなければ、もう少し満喫出来ると云うのに。非番の怪我人に雑用を押し付けるなんて、無慈悲な班長もいたものだ。
 深く深呼吸して、郁方は資料室に足を向けた。総帥の娘は今日も本棚と格闘しているのかなんて、ぼんやりと考えながら。

「ふざけんなよ!」

 雑音に、聞き覚えのある声が混じる。誰の声か‥?
 声の主を探して辺りを見回すと、一つの人影が目に入った。悪寒がする。他の何物でもない、只ひたすらの悪寒。

 天窓の光りに照らされて一層に輝く銀の髪。其の隙間から覗く、青い瞳の非情な微笑み。





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制作:06.07.24
UP:06.07.24