014:不意



「ルード‥?」

 何故彼が後ろ手を縛られてロビン=プラナスと一緒にいるのか。飛躍した考えが恐ろしい。彼らの足先が、拷問室へと真っ直ぐ向かっている気がして ―― 拷問室の場所も知らないくせに。
 抱えた本の重さでよろけながら、早足で姿の見える方へ向かう。響いた足音に気付いて、ロビンがこちらを見た。

「何、してるんですか?」
「シェーマス‥。」

 反射的に冷ややかな()の目を睨み返す。ルードの声に安堵が潜んでいたことを痛々しく感じた。中央廊下の何時ものざわめきは耳に届かない。

「貴方は?」
「‥人魂課外務のルアです。」

 白々しい。幾らなんでも顔くらい覚えていたはずなのに。ロビンは「ああ」と納得の声を上げた。そして少し心配そうな笑顔で、後を続ける。

「君がそうか。僕は内務班のロビン=プラナス、大丈夫だったかい?」
「は?」
「この間のこと() 含めてだよ。」

 自分の声の間抜けさに嫌気がさす。一昨日のことなのに、こうもケロリと忘れるものか普通。ロビンの声は淡々として、微かな感情の乱れも感じない。郁方の表情も、辺りの空気も決して穏やかではないのに。

「それで、何故彼がこんな状況でいるんですか?此処に。」
「無自覚と云うものは身の破滅を招くんだよルア。君は随分気に入られているからね。」

 手が、郁方の頬に伸びる。触れない距離で止まるキレイな手、顔。生きてるものの僅かな歪みの一切を消し去った、作り物みたいに。

「彼が君に、変なことを吹き込んだだろう‥?協会から崇拝者(あちら) 側に寝返れと。
 もちろん、君にその気があるのなら今此処で殺すけれど。」

 冗談なんかではないと、直感的に思わせる。「冗談なんかではない」訳はないのに。
 「生理的に受け付けない」と郁方は不意にそんなことを思った。飾り物みたいで遠目で見るには申し分ないけれど、話し掛けても会話は困難だ。真っ直ぐ向き合うには、つらい人だ。真っ直ぐにしか向き合えない自分に嫌気がさした。

「俺はそんな気さらさらないし、ルードと昨日話したことはそんな事じゃ‥。」
「何を?」
「‥‥シアヴィルと云う街について教えてもらいました。それだけです。」


 それだけ、じゃない。でも恐らく、ロビンには嘘でも本当でも関係ないのだろう。

「シアヴィル‥。我国で唯一悪の巣喰わぬ西の聖地。」

 教科書か聖書みたいな模範回答をして、ロビンは冷たい表情に笑みを浮かべた。

「二人で行って来たら良いよ。どうせ非番なんだろう‥?」

 一番驚いたのはルードだった。ぽかんと口を開けた状態で、目許には疑心が滲み出ている。ロビンの顔には、まだ笑顔が残っていた。

「但しガラード=メーラの無実が証明された訳ではない、取り調べはするよ。」

 ロビンと一緒にいた青年が、軽く頭を下げルードの背中を押した。長身で体格は良いが寡黙そうで、年齢なんかは郁方やサディと大差ないように思える。彼に続いてロビンも会釈して歩きだした。「取り調べ」をする場所に向かって。

「‥‥ロビンさん‥。」

 そう云えば、初めて彼の名前を口に出した。ぴたりと歩みを止めて振り向く、その顔に感情はない。

「取り調べは仕方ないにしても、其れが拷問紛いなことなら俺は‥。」

 その先が出てこなかった。自分の言葉なんかに、どれ程の効力があるのだろう。

「忠誠を誓えない、かな?」

 ロビンは続きを紡いで満面の笑みを浮かべた。

「僕も彼女(・・) にはお世話になった。」



ххх



 身体が重い。一日中歩き回って問題の当人達に逢うのは肉体的以上に精神的に骨が折れる。

 そう云う酷くくたびれた状態で逢う人に、気を使えと云う方が無理な話なんだ。ましてや大切でもない赤の他人に、どうしてそんなことが出来るだろう。ルームメイトが出来ないことに負い目を感じたことはなかった。
 何時からか初対面の新人には辛く当たる癖がついていて、「耐えられないならルームメイトは無理だ」と意地悪く追い返していた。だから、シェーマスの反応は新鮮だった。初めて逢うタイプの人間だと思った。

 アイツは、偶に全く予想出来ない行動をとる。今日は一段と露骨で突飛している。
 部屋のドアを開けると、手負いのルームメイトがナイフの刃先をコチラに向けてすぐ目の前に立っていた。その先端から自分の喉まではおよそ20cm程度。

 シェーマスの表情は、暗かった。





menunext
制作:06.08.19
UP:06.08.22