キャラバンに混じり、砂漠の道を行く。じりじりと身を刺す陽射に、郁方は胸の内で小さな溜め息をついた。 砂漠とは名ばかりで、何も砂に埋もれた砂丘ばかりの大地ではない。ひび割れた地面が延々と続くだだっ広い荒野だった。有り難いことだ。 自分の半歩前を行く二人を見やる。ルードの方は今にも倒れそうな顔色をしているし、パオロは何時もの表情にじんわりと汗が滲んでいた。郁方はと云えばルード程とは云わずとも、無論パオロのように平気な顔はしていられない。見兼ねたムーロが時折励ましをくれるのが、微笑ましかった。 大分日が傾き空の色が代り始めると、気温は極端なまでの低下を見せ始めた。夜には真冬と変わりない程に冷え込むだろう。 「ほら」 不意にパオロは振り返り、遠い空を指差した。 「月が出てますよ」 細くなる太陽の光の中で、薄らいだ月が空の低い処に静かに浮かんでいた。三日月を二つ合わせたその姿は、光のリングの様にさえ見える。大穴の空いた月だなんて、そんな奇妙なモノがあるだろうか。 「もう直ぐ新月です。明後日か、明々後日と云った処でしょう。」 ―― 新月までに探し求めよ ―― 無垢なる魂の騎士を‥。 騎士はまだ見付かっていないのか‥。郁方はぼんやりとパオロの後ろ姿を眺めていた。見付らなかったら、如何なるのだろう。其れだけで協会が諦めるだろうか‥?滅ぶだろうか‥? 「新月の夜‥大サバトが開かれる」 唐突にルードが口を開いた。ムーロの頭に手を乗せ、耳の後ろを撫でていた。 「あの銀髪の人が云ってた‥。」 銀髪 ―― 恐らくはロビン=プラナスのことを云っているのだろう。 サバトは崇拝者の集会・エスバットの大規模なモノらしい。季節の境にエスバットのメンバーであるコヴェンの幾つもを招集して行われる。其れの「大」なのだから、崇拝者が全員集まるのと等しいくらいの規模なのだろう。 「騎士が召されるのが先か、大サバトが先か‥。そう云う予言なんでしょうね。」 乾いた風が頬に当る。キャラバンのゆく後を、ひたひたと進む。鈴の音が耳を掠め、ムーロのひづめが大地を割った。 「宵の頃には着けると思いますよ。風の匂いが変わってきましたから‥。」 穴の空いた月は唯黙々と、世界を見据えるばかりだ。 ххх 「サディ、食べながら報告書書くの止めたら‥?」 「クレスは貧乏揺すりを止めれば良い。」 サディが仕上げたばかりの報告書を、早々と引っ掴み眺める。今日何度目のやり取りだろう。10は下らないはずだ。 「もう出るから。グレー夫妻とMs.サバンサ、Mr.ブラウンにMadamエシック。」 「其れにロージング夫妻の愛娘が一人と、新しく旧市街地の鍛冶屋の大奥様も追加。」 連ねた名前の数に寒気がする。日が傾き出してから、“有り得ない”数の被害届けが舞い込んだ。協会が確認出来ている魂狩の数では到底及ばない程の惨たらしい数だ。 普段なら魂だけを抜かれて其れの犯行と解るものが、今日に限っては屍体ごと姿を消しているのだから質が悪い。管轄か如何かすら怪しい事件を前に人魂課はてんてこ舞いだった。外務班員は徹夜覚悟で管轄地区内を飛び回っているし、内務班員は本と資料に埋もれながら吐き気を催しそうな数の報告書と対峙している。 この数時間で、沢山の人が死んだ。 「商業課のベテランさんが一人助っ人に回ってくれた。サディ、連れてって良いぞ。」 「役に立つんですか?」 「我らの王様よりはな。」 フランクが書類の束を投げて寄越す。之だけの人の処を回らなければならない。協会に戻ってきた時には、更に其の枚数は増えるだろう。 「ついでに市内の見回りもしてくんだな。どうせ屍体も残ってないんだ、今在る命の方が大切だ。」 「商業課と保護課の人が出てるんですよね‥?」 フランクは自分も厚手のマントを身に纏って、外に出る準備を進めていた。いつもサボってばかりの人間が、あんなにキビキビと動いているのは僅かに滑稽ですらある。 「保護課なんて宛にならない。何時も動物の相手してる族が殺人鬼に敵うのか‥?」 「我らの王様よりは?」 「似たようなもんだな。」 にこりともせずに、フランクはさっさと出ていってしまった。手にした紙の束は、サディの其れよりもずっと多かった。 「ねぇサディ。」 澄んだ声が自分の名前を呼んで、サディは半ば反射のように振り向いた。声の主である銀髪の青年は、他の班員がそうであるように書類から目を放さず、机に向かった其の状態で口を開いていた。 「今日から新月の夜までの被害件数を記憶しておくと良い。墓荒らしも含めてね。」 「墓荒らし‥ですか?」 「この地区に巣喰う崇拝者の数を、君は知っておいた方が良いだろ‥?」 言葉の最後に面を上げた彼の、相変わらず冷たいままの笑顔。 白い月は欠け、曖昧な其の存在は恐怖さえ誘う。彼の月が姿を消したとき、僕らは劇的な変化の中に放り出されるとでも云うのだろうか。 早く終われば良い、この忌々しいカウントダウンが ―― 。 |