―― こちらの魔女様のご命令により参上仕りました次第です。 ざわめきの波は唐突にかさを増した。回りを取り囲んだ人々は互いに目を見合わせ、其の張り詰めた空気にムーロがかぶりを振る。今迄表情一つ崩さなかったパオロが苦い顔をした。 「黒髪の彼が魔女だとご存じ無かったとは驚きです。確かにまだ若い。」 協会の制服に袖を通した人間にしか、彼が楽しんでいる事実が解らなかった。 ―― まだ子供なのに、あの子魔女なの? ―― 魔女?二人目の王のことじゃないのか ―― 悪魔に仕えているかも知れない。魂狩の仲間じゃないのか ―― きっと彼が王なんだわ ―― あんな子供が王な訳がないじゃないか 「反逆者は、魔女の様に火炙りかな?」 ざわめきを征す様に、ロビン=プラナスの声が響いた。憶測も視線も一瞬で総てがかき消される。彼の冷たい目差しだけが郁方を捕らえている。 沈黙を破るのは、女性の小さな悲鳴だった。人垣が割れ悲鳴の元凶である人物の影が覗く。真っ赤だ。いや、真っ黒か。 艶のない黒髪に濃く染み付いた隈、身長に比例した整った立ち姿。フランク=マッケンナは制服のマントも、自分の顔までも赤黒い血で染めていた。何時もの面倒臭そうな表情は薄れ、どこか険しい印象を受ける。先刻のロビンと同じように、彼もこの厚い人間の壁を難なく通り抜け目的の位置へと辿り着いた。 「反逆者は火炙りでなく拷問室へ。よっぽど其の方がお前の好みだろうロビン?」 フランクは慣れた手付きで郁方の腕を捻り押さえ込んだ。身動きが取れない、もしそうしようと抗うなら其れ以上の苦痛が伴うことも明らかだ。 「随分血なまぐさい格好ですね、」 「魂狩を数人締め上げてきた所だ。‥ボサッとするなパオロ、ラセット=ラッチが逃げるぞ。」 ラセットが人垣に割り込むのよりも一足早く、パオロが其の襟首を掴んだ。酷く面白くなさそうな顔の自称中立者と、困惑した面持ちの容疑者が並んで拘束された姿は少なからず滑稽に違いない。 「お騒がせしました皆様。今日は祝い日です、どうぞ宴の続きを。」 ロビンが去り際に民衆に向かって頭を下げる。 緊張は姿を消し、人々は再び歓喜に湧いた。―― 我々には騎士がいる、王もいる。其れに加えて優秀な協会員が付いている、もう怖い物はない。 訳も解らぬままに拘束され、歩くことを強制される。 ゆっくりと、ただ確実に 拷問室へと。 ххх ああ、見覚えのある場所だ、中に入るのは初めてだけれど。ルードが連れて行かれたのもこの部屋だった。あの時は固く閉ざされた扉が、今日は自分の為に大口を開けている。質素な部屋の中には、冷たい石の椅子が腰を据える。 椅子にはラセットが座らされ、其の脇にロビンが立つ。パオロは総帥に報告に行き、郁方はまだフランクに押さえ込まれたままだ。血の臭いがする。 「ラセット、ルアに呼ばれたと云うのは本当かい?其れともまた暇潰しの類いか?」 ロビンの問いにラセットは露骨に嫌そうな顔をした。酷く高慢な表情で鼻を鳴らす。 「残念ながらボランティアをする気はないぜ。俺に質問するなら金を払えよ。」 「僕が前払いなんてする人間だと思ってるのかい?」 ロビンは椅子の手摺に腰掛けて、其の手をすっとラセットの首筋に添えた。白く滑らかな指先は、突き付けたナイフを彷彿とさせる。 「価値に見合うだけの金額を幾らでも払ってあげるよ。 キミが望むなら金じゃなくても良い。土地でも地位でも女でも、其れ以外でもね。」 「‥そりゃ有り難いね。出来ればアンタの声を頂戴したいもんだ。」 「見合う価値があるのなら。」 添えられた指は離れ、ラセットは飄々と肩をすくめた。 「そんなガキの為にわざわざ動くかよ。 俺を呼んだのは女だ。随分ドスのきいた声だったが、顔は解らねえ。」 「用件は?」 「何時も通りさ。情報提供」 「どちらの?」 単調なやり取りが不意に滞る。ロビンがコツンと椅子を叩いた。 「崇拝者の情報か協会の情報か、どちらの?」 「街のだ。 崇拝者側でも協会側でもない。街の人間が今どう在るのか。」 ロビンの表情は変わらず冷ややかだ。椅子の手摺から腰を上げて、丁度帰って来たパオロをあごで使う。 「人を何人か頼むよ。」 「え?」 「ラセット=ラッチを牢へ。」 徒ならぬ空気を感じ取ったパオロは頭を下げ素早く出て行った。振り返ったロビンは不敵な笑みを浮かべる。 「話が違えじゃないかよ。」 「報酬の話なら後で酒でも持って行くよ、宴の歌も歌ってあげよう。 君は余罪が多過ぎる。」 ラセットがロビンのマントに唾を吐いた。 ―― 未熟な我らの王はまだ気付くことさえ出来ない。予想を越えた答えに柄にもなく焦ったりして、相手の大きさに臆したりして。 遠くない未来、上に行かねばならない日が来ると云うのに。共にゆくべき人間も、自分もあまりに未熟だ。 後どれ程の時間があるだろうか? 戦の日まで、後どれ程の時間が? |