022:意識



「フランクさん、今晩其処にいる貴方の部下をお借りしても?」

 数人の協会員に押さえ込まれたラセットは、始終腐った悪態を叫び続けた。「――――」だとか、「―――!――!!」だとか。
 解放された郁方は痛む手首を押さえてフランクの方を見る。乾いた血で塗り固められた肌は、どこか血の気に乏しく土色をしていた。

「好きにしろよ。」

 フランクは柄にもなく、頭痛を抱えた様に、おぼつかない足取りで部屋を出ていった。
 空気が凜と澄んで張り詰める。ロビンと共に“拷問室”に取り残されたは郁方は、相手の顔も見ずにツッと俯いた。

 この人は苦手だ。



ххх



 この人は苦手だ。

 ルードはそんなことを思いながら前を行く少女の背中を見ていた。柔らかな声と其れを裏切らない温厚な雰囲気、加え(まなこ)には何か強い意志が潜む。彼女は恐ろしい“盾”を持っているに違いない。きっと自分なんて一生かかっても敵わないだろう。
 宴で浮き足立った街が、横を過ぎてゆく。クレスは大通りを避けてひっそりと協会の裏へとルードを案内した。くたびれた木の戸を開ければ、食欲をそそる香ばしい匂いが広がる。中は厨房らしかった。

「面倒な事務は早く済ませて、私たちも早く宴に加わりましょう?」

 そう云って微笑む彼女の頬に、夕焼けの紅がうっすらと映り込む。今夜は恐らく月が姿を出すこともないだろう。太陽は僅かな別れの時を惜しむ様に沈んで行く。



 協会の建物内部は質素であり、それでいて強固な印象を受ける。中央廊下の華美なステンドグラスと扉を除けばの話ではあるが。
 クレスに連れられて辿り着いた小さな丸いホールには、三つのドアが構えていた。麻のマントを脱ぎ正装らしき其れを纏ったクレスが、小声で解説を加える。

「此処は協会の中枢です。覚えておいて下さいね。」

 不意に音を立てて一番左の戸が開いた。出て来たのはパオロ=ウィリアムスだ。目を見開いたクレスが、すかさず相手に詰め寄る。

「何か、在ったの?」
「少しだけですけど。Mr.マッケンナもロビンさんもいますからご心配には及びません。」

 気を張ったクレスとは対照的に、パオロは相手の顔を真剣に見ようとさえしない。いつも通りの落ち着いた笑みを湛え、足音も立てずにするりとホールを後にした。残り香が僅かに鼻につく。
 クレスが手の甲で戸を叩いて、当たり前に間髪入れずそのノブを引いた。

「総帥閣下、“騎士”をお連れしました。」

 戸惑うルードに、ドアを押さえ右の手で部屋の中を差し示す。

 ――“騎士”になった。

 ―― 恐らくはそう成りたいと自身が望んだが故の結果なのだ。「協会」から、逃れられる筈がない。

 そう云う覚悟なら、とうに出来ている。

「‥失礼します。」



ххх



 唐突に頬に感じる衝撃。その衝撃は漫画のように郁方を吹っ飛ばしたりはしないものの、その身を地面に打ち付けるには十分過ぎた。頬や地面との衝突よりも、包帯の中のナイフの傷がギリッと痛む。

「ルア、君はこの先どうするつもりだい?そう何度も何度も死なれたら困るんだけど。」

 痛みで反論することも叶わないが、女々しい呻き声をあげるのも癪に障った。押し黙って、声が出ない様に耐えるので精一杯だ。

「我らが王は、予言の先に宴か何かが待ってると勘違いしてるんじゃないのかな?」
「‥‥?」

 彼が、郁方に対してこう云う接し方をするのは初めてだった。ロビンは郁方が「王」だと知っていながら、決してそれらしい接し方をしない。いつも静かに優しく微笑み、冷たい言葉を吐くだけで。

「‥‥俺は‥予言を実現させろとしか云われてません。‥その先なんて、何も‥。」
「『予言を実現させれば悪魔崇拝者はいなくなる。国が救われる』確かにそうかも知れない。」

 起き上がった郁方の肩にロビンが触れたとき、不意に彼の胸の石が光った。毒が抜けるように肩の痛みが引いていく。傷は治っていない、ただ痛みだけが和らいだ。

「だけど『悪魔崇拝者がいなくなる』って云うのは物理的な問題だろう?要するに武力行使さ。

 理解できるかい?」

 どこの世界に行っても、やることは変わらない。大義名文さえあれば相手を出し抜き、陥れ、上に立とうとする。

「戦争‥ですか‥。」
「王となるのなら、それ相応に強くなくては。」

 右腕を掴まれ無理に立たされる。この人といるときは何時もそうだ。怖い、悪寒がする。

「魂の扱いはサディ=コナーに教わったろう‥?」

 ロビンは自分の首に郁方の掌を当てさせた。思い切り握り締めれば、恐らく彼の息は止まる。そう云う状況を故意に作り出して彼は、

「僕を殺してごらん」

 何時ものように綺麗に笑った。




menunext
制作:07.07.13
UP:07.12.23